前回紹介したZEISSの数々の社会貢献の歴史。
ソーシャルデザインのパイオニアとしてのDNAは脈々と継承され、現在もZEISSブランドの核となっています。そのありようが現在どのように発露しているのでしょうか?
今回はZEISSのコア・コンピタンスとなる取り組み「A Heart for Science」を中心にZEISS Japanで数々のサスティナビリティ・イニシアティブをリードするコーディネーターの田丸智浩さんに現在の活動について語っていただきました。
ZEISSならではのサスティナビリティへのユニークな取り組み「A Heart for Science」について教えてください。
創業175周年を記念して、主に12歳から18歳の生徒および学生向けの、ZEISS光学製品の知見を元にした「STEM教育」支援の取り組みです。
STEM教育とは、「Science(科学)」「Technology(技術)」「Engineering(工学)」「Mathematics(数学)」の頭文字を取った言葉で、次世代の若者に必要な「思考力や問題解決能力、感性」を高めることが狙いです。
その根幹には「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすような社会づくり」があります。これは即ち、環境の保全、経済の開発、社会の発展を調和の下に進めていく未来を担う次世代へのエンパワーメントであることを意味します。ソーシャルデザインのパイオニアとしてのZEISSだからこそ取り組む価値がある内容だと考えています。
なるほど。では早速ですが、今までの取り組みについて教えてください。
取り組み事例1:地方自治体との共同プロジェクト
水辺の生きものが教えてくれる豊かな水環境、そして「土地の価値」
- 三重県いなべ市
いくつかの地方自治体と提携したサスティナビリティに関するプロジェクトを行っております。
その一例としてSDGs未来都市としてサスティナビリティに関する様々な先鋭的な取り組みをされている三重県のいなべ市と定期的に行っている共同プロジェクトを取り上げさせていただきます。
これは親子参加の市民サイエンスとして「水生生物」からその水環境を評価する調査を行うものです。
カゲロウやカワゲラなどの水生生物はその川の”きれいさ”を計るバロメーター「指標生物」です。これらの生きものに点数(スコア)をつけ、生息状況から河川の水質の状況を定量的に評価します。
ただし、大変小さな生きもののため、光学機器とりわけ顕微鏡を用いての同定が必要となります。結果、大変きれいな川であるという評価になるのですが、この体験を通じて、まずは自然科学に興味をもってもらうこと、光学製品を通じて「視る」「視える」ということが環境保全(ここでは環境データ取得に)にとても重要な役割があること、を伝えられる取り組みとなっていると考えております。
このプロジェクトには、地域創生の目的も含まれていると聞いております。
このプロジェクトに参加されるのはいなべ市民の方々ですが、最も大事なことは「視る」「視える」ことを通じて自分たちの住んでいる「土地の価値」に気づいてもらうことだと思います。
参加した子どもたちが進学や就職で将来その土地を離れるかもしれない。しかし私たちがお手伝いをさせていただいているこのプロジェクトをきっかけに我がふるさとの「土地の価値」が記憶に残り、ライフステージの変化とともにまたこの土地に帰ってくる。そんなことにも想いをはせてしまいます。
このような「水」や「土壌」など自然資本の価値を認識させ、地元に愛着を持つよう促すこうした地域創生の取り組みは、地域社会の持続可能性にとっても重要だと考えています。
また「視る」「視える」ということを通じてZEISSだからこそ貢献できることだと考えております。
それは素晴らしい構想ですね。
ありがとうございます。あと、もう一つ大切にしたいことは、光学ブランドとして記憶に残る体験を提供することです。
このようなプログラムを通じて「生きものってアートですね」「神秘的ですね」なんて言う方も沢山いらっしゃいます。そんな自然の神秘さや驚きを、ZEISSの高精度な製品を使用して「視る」「視える」ことに純粋に感動していただいて、解像度の高い自然アートの世界が少しでも記憶に残ってもらえたら大変うれしいです。
他にはどんな活動があるのでしょうか。
いくつかまとめてご紹介させていただきます。
取り組み事例2:海生哺乳類から学ぶサスティナビリティ
ZEISSユーザーでもあります国立科学博物館の海獣学者 田島木綿子先生に、海生哺乳類の現実から学ぶ海の生物多様性をテーマに中学生を対象としたワークショップを定期的に行っていただいております。
クジラやイルカなどの海生哺乳類が海岸線から陸地側へ生きた状態で座礁したり、死んだ状態で漂着し、自力で本来の生息域に戻ることができなくなることストランディングと呼びます。日本では年間約300件ほど起こっているそうです。
田島先生はこれらストラディング個体を調査研究して、そこからいろいろな資料を得たり、いろいろなことに使ったりして彼らのことをもっともっと知ろうという活動を続けています。このストランディングについての調査を進めていく過程で、環境汚染物質との関連性がわかってきました。
海洋プラスチックゴミの誤飲による海生哺乳類の死因、またそれらが細分化されたマイクロプラスチックの食物連鎖に及ぼす影響、そしていよいよマイクロプラスチックが人体からも発見されているという内容は海の生物多様性への危機だけでなく、私たち人類への警鐘でもあるという深い内容にまで及んでいます。
実際のマイクロプラスチックの切片を顕微鏡で「視る」ことにより、生徒たちが本当に「自分ごと」として環境保全について考えるきっかけとなっていると思います。
これも私たちZEISSが「視る」「視える」ことを通じて行える「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすような社会づくり」であると認識しております。
取り組み事例3:ブルーカーボンの可能性を伝える
-神奈川県葉山町
神奈川県葉山町の海岸で、海藻の新たな可能性について子供たちに伝えるプログラムを実施しました。「ブルーカーボン」とは藻場・浅場等の海洋生態系に取り込まれた炭素のことです。ブルーカーボンを吸収するものとして海草藻場、干潟、マングローブ林などが「ブルーカーボン生態系」と呼ばれて注目されております。
このブルーカーボン生態系の可能性について、実際に海藻を収穫し、繊維や胞子を顕微鏡で細かく観察しながら、また海藻を「おしば」にして「栞」を作るワークショップも併せて行い、体験的に伝えました。これもその他のプログラムと同様「視る」「視える」ことをキーとして次世代へのエンパワーメントとなるべく取り組んでいくものの一つです。
ご紹介ありがとうございました。どれも興味深い取り組みでしたが、一貫しているのは「自然科学の事象をクリアに見る」という事にこだわりがありますね。
このような「視る」「視える」ことを通して何を伝えていきたいと考えておりますか?
これはあくまで私個人の意見ですが、まずは子どもたちに環境や自然科学に対して単純に興味をもってもらうこと。そしてその結果として、答えがない、正解がない問いに対して試行錯誤しながら積極的に学び続ける粘り強さや創造性などにつながっていったら良いと思います。
現在は「VUCAの時代」と呼ばれるように、先行きが不透明で予測が難しい時代です。そんな時代だからこそ、創造的に粘り強く課題を解決できるかどうかは大事だと思います。
「A Heart for Science」のキーメッセージは「Inspiring explorers of tomorrow」です。ここではexplorers(探検家)を科学者もしくは研究者と訳すのならば、このプログラムをきっかけに子どもたちの知的好奇心が点火され、そこから未来の科学者、研究者が誕生すれば良いなと思います。
自然は人為的な意図が存在せず、何が起こるか分からない未知で不思議な世界で、トライアンドエラーを繰り返し、物事を考える力や問題を解決する力を育んでいくわけですね。
正解のない問いに対して創造的に粘り強く取り組む能力は、持続可能な社会の実現に向けて、社会的課題が増える世界を切り開いていく未来の科学者、研究者として、備えるべき適切な能力だと考えています。
科学者、研究者の方々は、答えの出ない課題に取り組むことが本業とも言えますが、同じようにビジネスマンにとっても重要な能力と思われますね。
サスティナビリティの事業領域でも同様の考え方が当てはまります。
水生生物を見つけたところで何になるの?というところで終わってしまうのか。あるいは、そもそも事業とは自然資本を活用してアウトカムを出しているものだという所まで考えられるのか。
自然資本とは、森林、土壌、水、大気、生物資源などのことですが、これら自然資本をストックとすると、そこから生み出されるフロー(恵み)が生態系サービスと言われ、あらゆる事業の土台となるのです。食べもの、木材、衣類、そして水や医薬品などもこの生態サービスから生み出されるフローですし、豊かな自然を元にした観光やレジャーなども同様です。当然私たちのメガネレンズなどをはじめとしたあらゆる光学製品も同様です。これら自然資本の価値を適切に評価し、管理していくことが企業の持続可能性を高めることにつながると言われております。
連想ゲームのようなプロセスかもしれませんが、このような企業価値創造プロセスはとても重要だと個人的に考えます。
「A Heart for Science」のプログラムではこの自然資本も少し意識しております。間接的にではありますが、水や土壌を通じて今自分たちが享受しているフローを感じてもらえたらと思います。
そして「視る」「視える」ことを通じて、地球の未来につながるアイデアをもつ可能性のある次世代の子どもたちの感性により良い影響を与えたいと思いますし、その導入として夢中になれる何かが見つかるきっかけになれたら良いなと思います。
そこから先鋭的なテーマに取り組む科学者、研究者のみならずサスティナブルな未来の新たな企業価値を生み出すキーパーソンを生むかもしれませんし、社会課題を解決するアイデアを社会実装できる社会起業家を生むかもしれません。
いずれにせよ「視る」「視える」ことを通じた「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすような社会づくり」。これはZEISSのパッションでありブランドエッセンスである「Seeing Beyond」の発信であり、ソーシャルデザインのパイオニアたるDNAの発露だと考えております。
ツァイスグループ
サスティナビリティコーディネーター