• 選ぶ人
    松重 豊

    俳優

    フレームは自分に人格を与えるもの。
    レンズは世界とクリアに
    繋がるためのもの。
    2021.8.20

メガネは目の悪い人にとっては必需品であり、同時にファッションスタイルを主張するための趣向品でもある。それはきっと多くの人が知っていたことですが、松重さんにとっては“プロフェッショナルであるための道具”でもありました。メガネを掛けはじめたきっかけからレンズへのこだわり、そして趣味であるカメラとそのレンズのお話まで。優しく真摯なお人柄がにじみ出たインタビューをお届けします。

俳優としての商売道具でもある
メガネという存在。

松重さんといえばメガネのイメージがありますが、やはりメガネはお好きですか?

そうですね。もちろん普段から眼鏡を掛けていますし、撮影のときもメガネだけは自分で用意しています。どの形が自分にフィットするかは自分がよくわかっていますし、何よりレンズが入っていなくてはいけませんからね。僕にとっては趣味であり、また仕事をする上でも非常に重要なアイテムです。

初めてメガネを手にしたのはいつ頃ですか?

実は、若いうちはそんなに目は悪くなかったんです。ただメガネというものを小道具のひとつとして憧れてはいて、ダテメガネという形で何度か舞台上で掛けたことはありましたね。本当に目が悪くなったのはその後。暗い舞台袖から照明の当たる明るい舞台にパーンと出て芝居をする事を毎日繰り返すのは、目に悪くて乱視が進むらしいんですね。気がついたら免許の更新でも引っかかるようになってきて、20代後半位からメガネを掛けるようになりました。でも、メガネって当時は結構高価なものでね。そんなに簡単に持てるものじゃなかったので、本当に吟味してこれぞという一本を決めたような記憶があります。

最初に手にしたメガネはどんなデザインでしたか?

割と汎用性の効くシンプルなメタルフレームのメガネを選んだと思います。

趣向性というより、まずはあくまで道具としてのメガネだったということですね。

最初は生活するための道具でしたが、俳優としての商売道具としても非常に重要だなぁと感じていました。フレームの質感や色、フォルムの違いでガラリと印象が変化する。優しい男にもなれれば、凶暴で影のある男にもなる。人格が変わるといってもいいくらいですよね(笑)。それから、だんだんメガネの面白さにハマっていった感じでしょうか。

レンズを通して見る
今までと違う世界に驚いた。

“視力”という意味ではいかがでしたか?

それはもう全然世界が違って見えました。それで初めて、自分はこんなに目が悪かったんだと気付きましたね。レンズってすごいと思いました。

メガネを掛けずにお芝居をされるときは、コンタクトをされているのでしょうか?

裸眼です。なので、お芝居しているときも実はあんまりよく見えていないんですよ(笑)。カットって言われて、メガネを掛けてモニターでチェックして、じゃあ本番といった感じ。僕は乱視が強いんですが、残念ながらコンタクトでは調整がしづらいんですよね。乱視用のコンタクトももちろんありますが、目の中でレンズがズレたりすると映像がぐるんとしたりして、僕の場合酔っちゃうんです。

それから現在にかけて、他にも視力矯正の必要はでてきていますか?

もちろん老眼にもなりましたが、50代になってからはそれ以上悪くなったってことはないかなぁ。

松重さんは非常にたくさんのメガネコレクションをお持ちですから、視力が悪くなってしまうとレンズを変えるのもかなり大変なことになりますね。

70~80本ありますからね。ちょっと目が悪くなったからって全部のレンズを変えるわけにはいきません。なんとか守っていかないとまずいですね(笑)。

ところで、松重さんはレンズにはどれくらいこだわりをお持ちですか?

レンズですか。基本的にはお店で検眼していただいて、おすすめのものを入れていますね。そういえばメーカーとかそんなにこだわったことがないかもしれません。

実は目というものは人によって千差万別。さらにレンズと眼球の距離やフレームの傾斜などメガネ自体のデザインもそれぞれ違いますから、本来であればそれに応じたレンズを入れる必要があるのだそうです。

言われてみれば、それはそうですよね。メガネを選ぶときはついフレームのデザインばかりに気を取られますが、視力矯正という観点から言えば本質的なものじゃない。なのに、レンズはなんとなく選んでいるっていうことは、冷静に考えると驚きの事実ですね。

ツァイスではフレームの形状や眼球とレンズの距離など、様々な要素を計測してレンズをパーソナルオーダーできるサービスを展開しています。松重さんのメガネコレクションをすべてそれでオーダーするとなると、大変なことになってしまいますが(笑)。

恥ずかしながら、〈カールツァイス〉がメガネのレンズを展開していることは、今まで認識していなかったんです。これはリップサービスでもなんでもなく、知っていたら絶対〈カールツァイス〉を選んでいたと思いますよ。随分前から〈カールツァイス〉のカメラレンズを愛用していますから。それこそメガネレンズにもカメラのレンズみたいに赤い『T*(ティースター)』マークを入れてくれたら、僕は絶対買います(笑)。

※T*は、ツァイスの反射防止処理技術の中でも高性能な多層膜コーティングを施したレンズのみに与えられる称号のこと。

カメラレンズがきっかけで
〈カールツァイス〉のファンに…。

写真を撮るのもご趣味だと伺っています。レンズはツァイスをご愛用いただいているということですが、どういった点に魅力を感じているのでしょうか?

以前、某テレビ局で歴史物のドラマに出演させていただいた際、カメラ本体は最新式のものだったのですが、レンズは〈カールツァイス〉のオールドレンズを使用していたんです。その映像がものすごく綺麗で本当に驚きました。解像度、奥行き、透明感。いろいろなものがそのレンズによって実現されていた。それからその魅力に引き込まれていきました。

レンズを削る技術はメガネのレンズにももちろん踏襲されています。

どんなに技術が進んだとしても、映像を捉える最初の部分はレンズですから、その性能というのは何にも変えられない。機械化的なものじゃなく、削り方ひとつで命が変わるまるで生き物のようなものとして、惹かれるものがあります。

プロとしてのメガネの必要性を
大杉 漣さんに教わりました。

メガネのコレクションが80本ほどあるとおっしゃっていましたが、いつ頃からコレクションをするようになったのでしょうか?

あれはまだ僕が駆け出しの頃だったのですが、亡くなった大杉漣さんが衣装合わせの際にメガネボックスをどーんと持ってくるんですよ。あの方は300の顔を持つと言われた男で、その300の顔に合わせるメガネもきちんとお持ちになっていた。僕はそこに俳優としてのプロの矜持を感じましたし、プロフェッショナルとして凄く尊敬した。僕もそうありたいと思っていたんです。少しずつ集めて、今やっとこれくらいというところです。まだまだ大杉さんにはかないません。あと300本は用意しなきゃ(笑)。

よろしければ、最近のお気に入りフレームを教えていただけますか。

〈オリバー ゴールドスミス〉の黒のウェリントンタイプ。マイケル・ケインという僕の大好きなイギリスの名優が掛けていたことで有名なフレームですね。あとは〈オリバー ピープルズ〉。これはLAのブランドのもので、上品な形が気に入っています。

どちらかというとセルフレームタイプがお好きなんですね。

やっぱりセルフレームの方が役としての印象をつけやすいという部分もあって、多くなってしまいますね。

レンズのオーダーメイドは
ぜひ体験してみたいですね。

メガネを掛けはじめた頃と現在ではレンズの性能も大きく変わってきていますが、今気になっているレンズなどはありますか?

調光レンズは知人に勧められて使っています。便利ですよね。ブルーライトカットレンズも気になっていますね。

この春、ツァイスからは抗ウイルス・抗菌コートレンズが登場しました。

意外と目からウイルスが入ると聞きました。現場にもコロナ対策用のメガネが置いてあることがあって、普段メガネを掛けていない人は飛沫感染を防ぐためにこれを掛けてくださいと指示があることがありますね。今後はそういう対策を含めて、メガネのレンズの有効性が求められるのだと思います。

今後、レンズに期待することはありますか?

やはり撮影で使える反射しないレンズがあったら嬉しいですね。レンズってどうしても反射するので、写真撮影のときにストロボの光が写り込んでしまうんです。それをケアするのはフォトグラファーさんにとっても、ちょっとしたストレスだと思うので。

形見分けとしていただいた大杉 漣さんのメガネは、レンズの度数が合っていなくて使えていないので、それにも命を吹き込んでいただこうかな。その際にツァイスレンズのオーダーメイドをしてみたいですね。

松重 豊
俳優
1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て、黒沢清監督『地獄の警備員』で映画デビュー。以降、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。近年の主な出演作として、ドラマ『孤独のグルメ』『バイプレイヤーズ』『アンナチュラル』などがある。映画では、『検察側の罪人』『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』など。『老後の資金がありません!』が今年秋公開予定。また、エフエム横浜『深夜の音楽食堂』にてラジオパーソナリティも務め、昨年には自身初の書籍『空洞のなかみ』を上梓するなど、幅広いジャンルで活躍中。

ZEISS LENS
良い眼鏡の秘密。

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〈カールツァイス〉のカメラレンズ
初めて月に行ったレンズは
ツァイス製って知ってた!?
日本が江戸時代だった1846年。顕微鏡職人のカール・ツァイスが、ドイツ東部のイエナにて工房を設立したのがツァイスのはじまり。その後、光学理論を確立したエルンスト・アッベ、ガラスの専門家であったオットー・ショットが加わり、光学技術に様々な革新をもたらしました。長きにわたり光学分野をリードし、顕微鏡をはじめカメラレンズや医療機器、プラネタリウムなど幅広い分野で重要な役割を果たしてきました。また、1969年にアポロ11号の宇宙飛行士とともに人類初の月面着陸を果たしたのが、ツァイスのレンズを装着したカメラだったというのは、とても有名なエピソードです。